てのひらラビリンス

おたくの戯言。婚活ブログになりつつある。

ジャニオタが彼氏と別れました

以前こんな内容のブログを書いた。

magiclay.hatenablog.com

まぁこれはその続きの話になるわけだが、正直タイトルの時点でネタバレ感が半端ない。ちなみにこの記事の内容はまったく私がジャニオタであるからどうとかは関係なく、彼への愚痴が大半になっていることをあらかじめ予告しておく。

そう、彼氏と別れたのだ。

あんなに別れたくないと思っていたはずなのに、いざ別れ話となるとすんなりと受け入れられ、むしろ怒りがこみあげてくるほどだった。なぜ怒りがこみあげてきたかのかというと、それは彼の私と別れたいという理由に起因する。彼の挙げた理由は

  1. 結婚へのプレッシャーがきつい
  2. 上記の件で悩んでいる間に職場の後輩に思いを寄せられ告白をされた(けどいったん断った)

というもの。

そもそもの話をしよう。私と彼との付き合いは6年以上になり、その6年の間には別れ話になったこともあった。そのときに別れたいと言ったのは私だが、そんな私に彼は言ったのだ。「私と将来結婚するつもりでいろいろ考えていたのに」と。

また、数年前のとある日、彼は私に言った。「〇〇したら結婚しよう」という仮プロポーズのようなもの。その「〇〇」は今年の春頃に実現しており、正直結婚の話もしていた。来年の春頃結婚しよっか、そのうち私の親にもあいさつしに行かなきゃね、というような話を。

だから私は正直彼と結婚するものだと思い込んでいた。だって今更他の人と一から関係を築くのは非常に骨が折れる。そしてなんだかんだ彼は私のことを非常に理解してくれている。こんなめんどくさい上にジャニオタな女をもらってくれる人なんて彼以外にいるのだろうか。

それなのにこの仕打ちである。まぁ私にも落ち度はあったと思う。私が自由に好きなこと(主にジャニオタ)をしていたとしても「彼がいるから」と余裕ぶっていた。その余裕がいけなかったと思う。もっと彼を大切にしていたら違った結果になったのだろうか。

だが、ただのジャニオタの私ではあるがここ最近の結婚願望がやばい。「やばい」なんて語彙力もへったくれもない言葉を使う程度にはそろそろ結婚したい。結婚を望まなければ彼ともっと一緒にいられたのかもしれないが、私はやはり結婚がしたい。

というわけで、彼と別れて家に帰った後、光の速さでインターネットで婚活情報についてひたすら調べ続けた。軽い気持ちで結婚相談所の資料請求をしたら翌日がんがん電話がかかってきてびっくりしたものだ。長年連れ添った彼はいなくなったが、私は落ち込んでいないしむしろ元気である。あと非常にいきいきとした気分である。

「彼氏がいる」という状態は非常に気持ちを油断させる。たぶん美容にもそこまで気を使っていなかったかもしれないし、いろいろと適当であったと思う。だが「このままじゃやばい」と思っている今、とりあえずやれるだけのことをやってみようと非常に燃えている。別れ話をしてくれて本当にありがとう。

ちなみに私が彼と距離を置いていた期間は約1か月で、彼はその間に「会社の人」と東京に行ったり某テーマパークに行ったと言っていた。また、「会社のひと」と某アーティストのライブに行ったとも言っていた。この「会社の人」ってもしかしなくても彼に思いを寄せていた後輩では…私とまだ別れてはいなかったから告白は断ったとか言っていたが、実はしっかり遊んでいたのでは…。私はてめぇのために、ここ1ヶ月婚活したくてうずうずした気持ちを抑えておとなしく自宅待機していたというのに(完全なる八つ当たり)。きっと彼は今頃その後輩と結ばれているのだと思うが、どうかお幸せに。

 

と、ここまで完全に愚痴だけのブログになってしまった。申し訳ない。彼に別れを告げられ当初は怒りしかなかったが、なんだかんだ別れてよかったと思っている。6年も付き合っていると情がわくものだ。結婚できずにずるずる続いていくより、私は新たな自分の将来を見つけるべく、後悔のないようにいろいろと動こうと思う。今後はジャニオタと婚活の両立を目指そうと思う。うん、ジャニオタはもちろんやめない。万が一なにかの間違いで彼がこのブログを見てしまったら、本当にごめん。

ちなみにこんなタイミングで、とある男性からごはんでも食べに行こうとお誘いの連絡を受けた。これはもしかしたらもしかするのか…。そのとある男性はとてもいい人だと思うのだが、見た目が非常に好みでないことだけが本当に残念である。私だって人のことを言える外見でもないくせに、こんなことを言うのは非常に失礼だという自覚はある。でも誰にだって好みの顔とそうじゃない顔はあるだろう。それでももしかしたらもしかするかもしれないので、とりあえずその彼と今度会う予定である。

そんな感じで6年ぶりの彼氏がいない生活。今日も私はたくましく生きている。